福岡高等裁判所 昭和27年(う)2591号 判決 1952年12月08日
控訴人 原審検察官 西村金十郎
被告人 栗山末治
検察官 藤井勝三関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五万円に処する。
右の罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
検察官の陳述した控訴趣意は記録に編綴の検察官藤井勝三提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
検察官の控訴趣意について、
そもそも貸金業等の取締に関する法律第二条第一項にいわゆる金銭の貸付を業として行うとは、反覆継続して行う意思の下に、不特定若しくは多数人に対し金利又はこれに準ずべき利益を取得して金銭の貸付をなす行為をいひ、たとい、反覆継続して不特定若しくは多数人に対し金銭の貸付をするも、何等金利又はこれに準ずべき利益を取得するものでないときは、該行為は金銭の貸付行為を業として行うものということはできない。けだし後者の行為はむしろ一種の慈恵行為を以て目すべきものであるから、これを貸金業の範疇に属せしめ以て貸金業等の取締に関する法律の取締の対象たらしめるの要がないからである。
論者或はいわん、貸金業等の取締に関する法律第一条の規定の精神に照すと、金利若しくはこれに準ずべき利益を取得しない金銭の貸付行為も、同法の取締の対象となるものであると。
しかし、同条は貸金業の公正な運営を保障すると共に不正金融を防止し、以て金融の健全な発達を図るというのであるが、金利若しくはこれに準ずべき何等の利益を取得しない金銭の貸付は貸金業の公正な運営を阻害するものでないことは勿論、不正金融を以て目することもできない。従つて同条は同法第二条にいわゆる金銭の貸付を業として行うとの意義についての前掲解釈に何等障碍となるものでないのみならず、同法第二条第二項には「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によつてする金銭の交付は前項の金銭の貸付とみなす」と規定し、又同法第三条は、貸金業を行おうとするものの大蔵大臣に提出すべき書類として、直前の事業年度の貸借対照表及び損益計算書を添付すべき旨定め、更に同法第八条には「臨時金利調整法(昭和二十二年法律第百八十一号)第二条から第五条まで及び第六条第二項の規定(金利の最高限度)は貸金業者の金銭の貸付の利率及び金銭の貸借の媒介の手数料について準用する」と規定し、なお、同法第十四条第一項には「何らの名義をもつてするを問わず、又いかなる方法をもつてするを問わず、第五条及び第七条並びに第八条において準用する臨時金利調整法第五条の規定による禁止を免れる行為をしてはならない」と規定しているのであるが、これ等の諸規定に徴すると、金銭の貸付による貸金業については金利若しくはこれに準ずべき利益の存在を前提としていることを窺知することができる。これに由つてこれを観ると金銭の貸付について何等金利若しくはこれに準ずべき利益を取得することがないならば、たといこれを反覆継続してもこれを金銭の貸付を業とするものとして貸金業等の取締に関する法律の取締の対象たらしめることのできないことが了解されるであろう。
しかしながら、反覆継続して行う意思の下に不特定若しくは多数人に対し金利又はこれに準ずべき利益を取得して金銭の貸付をするもの即ち金銭の貸付を業とする者がたまたま、これ等の利益を取得することなくして金銭の貸付をした場合、該行為を貸金業等の取締に関する法律の取締の埒外におかれるものとすべきではなく、該行為も該貸金業者の業としての金銭の貸付行為に属するものといわなければならない。けだし、法は貸金業者の金銭の貸付につき、その金利若しくはこれに準ずべき利益を取得した場合と、その然らざる場合とを区別して規制するところがないからである。しかして金銭の貸付につき、借用証書が作成されると否と又その返済期限の定がなされると否とは業として金銭の貸付をなしたことに何等の影響を及ぼすものではなく、なお貸金業者が過去において自己が資金を借受けた為現在の成功を見たのでその恩返えしのため金銭の貸付をしたとしてもそれは金銭の貸付を業として行うことの動機乃至は縁由に過ぎないのであつて、このことを以て該貸付を業として行うたことを否定すべき原因とすることはできない。
今記録を査閲すると、本件起訴にかかる公訴事実は原判決摘録のとおりであり、原判決は該事実につき、証拠によると被告人が別表の通り唐津商業株式会社外十八名に対し二十五回に亘り合計金七十七万四千六百八十円を貸付けた事は当公廷における検察官提出の各証拠によりこれを認めることができる、旨説示し、更に各証拠を掲げた上、以上を詳細に検討すれば被告人が前後二十五回に亘り継続的に前示金額を反覆して貸付けた事は認められるが、之は二十数年前当時貧困であつた被告人の営む材木商の資金に窮せし際木下吉六から若干の資金の貸与を受けた為被告人は今日の生活の安定を得るに至つたからその恩返しとして、親類、友人、知己等の困窮者等に同情してこれを援助する為貸与する趣旨の下に大部分利息もとらず借用証書もなく期限も定めずに貸付けたもので被告人には業として即ち営利の目的を以て前示金額を貸付ける意思は毫もなかつたのであつて、畢竟被告人の判示所為は貸金業等の取締に関する法律違反の罪を構成しないことに帰するものとして被告人に無罪の言渡をしているのである。
しかしながら原判決が右説示にあたり挙示した各証拠に原審公判調書中の被告人の供述記載を綜合すれば被告人は所定の貸金業者でないのにかかわらず、反覆継続して行う意思の下に、原判決が引用した公訴事実記載のとおりの場所において、その期間内二十五回に亘り同公訴事実記載のとおり多数人に対し、その一部の者に対しては金利又はこれに準ずべき謝礼金等の名義による利益を得て、又他の一部の者に対してはこれを取得することなくして金銭の貸付をしたことを認めることができる。さすれば被告人の右所為は前掲当裁判所の説示のとおりその一部の者に対する金銭の貸付につき何等の利益を得るところがなく、又借用証書を徴せず更に返済期限の定めをなさず、なお被告人の金銭貸付の動機が原判決の説示のとおりとするも、被告人は所定の貸金業者でないのに、金銭の貸付を業として行うたものといわなければならない。然らば被告人の右所為を貸金業等の取締に関する法律違反罪を構成するものでないとして被告人に対し無罪の言渡をした原判決は法令の解釈を誤り罪となるべき事実に法令を適用しなかつた違法があり、該違法が判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は刑事訴訟法第三百九十七条に則り破棄を免れない。論旨は理由がある。
そして当裁判所は記録及び原裁判所において取調べた証拠により直ちに判決をすることができると認められるので、検察官の量刑に関する趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第四百条但書に従い更に判決する。
罪となるべき事実。
本件起訴状記載の公訴事実を引用する。
証拠の標目。
右の事実は、
一、原審公判調書中の被告人の供述記載
一、被告人の司法警察員に対する供述調書中の供述記載
一、被告人の検察官に対する供述調書中の供述記載
一、福井ツテ、今井貞一、岡本政太郎、森田常盤、(第一、二回)の各司法巡査に対する供述調書中の供述記載
一、合原貞吉、中山仁太郎、木下吉六、福井徳蔵、山口広次、平田改造、栗林鉄蔵、吉田末太郎、各作成の顛末書の記載
一、原審第二回公判調書中の証人草場美智子、同宮添勇三郎、同石田武夫、同野崎安太郎、同野田伝助の各供述調書中の供述の記載
一、原審第三回公判調書中の証人馬場円吾、同森田常盤、同平田改造、同木下吉六、同宮下一衛の各供述調書中の供述の記載
一、原審十回公判調書中の証人福岡実の供述記載
中の右引用の公訴事実に相反しない部分を綜合してこれを認める。
法律に照すに、被告人の判示所為は貸金業等の取締に関する法律第五条第十八条第一号罰金等臨時措置法第二条に該当するところ所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で、被告人を主文の刑に処し、刑法第十八条に則り右罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、又原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して被告人をして負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 藤井亮 裁判官 鍛冶四郎)
検察官の控訴趣意
原判決は明かに証拠の判断と法律の解釈を誤り、それが判決に影響を及ぼすものであつて当然破棄さるべきものと思料する。
原審は被告人の公訴事実の通り継続反覆して貸付た事実は認めらるるも、これは二十数年前木下吉六から若干の資金の貸与を受けたことより今日の財をなし、生活の安定を得るに至つたので、其の恩返しとして親族友人知己等困窮者に対して、これを援助する意味で大部分が利子も取らず、又借用証書も作成せず、期限も定めず貸付けたものであつて、被告人が業として営利の目的をもつて貸付したと認むるに足る十分な証拠はないと言ふのであるが、然し
第一、被告人が貸金業届出書を提出せず、且つ大蔵大臣より貸金業届出受理書の交付を受けていない事実及び貸金業を営まんとする者は右受理書の交付を受けなければできないことを知つて居た事実については、被告人も自白して居り、司法警察員及び検察官作成の被疑者供述調書(記録一八四丁裏第二行目以下及一八七丁裏第一行目以下参照)により其の証明は十分である。
第二、被告人が昭和二十四年九月三十日より二十六年八月まで公訴事実のとおり唐津市材木町二三〇三番地自宅等で福岡実外十七名に対し前後二十五回に亘り七十七万四千六百八十円を貸付けた事実については、福之助の妻福井ソテ(記録一五丁「以下何丁と記入す)」合原貞吉(一九丁)、中山仁太郎(二一丁)、木下吉六(二二丁)、福井徳蔵(二三丁)、今井貞一(二四丁)、山口広次(二九丁)、平田改造(三〇丁)、岡本政太郎(三一丁)、福井徳蔵(三四丁)、森田常磐(三五丁)、栗林鉄蔵(四四丁)、吉田末太郎(四五丁)、宮添勇三郎(四六丁)の司法警察員作成の顛末書又は司法警察員作成の供述調書及び六一の妻草場美智子(六五丁以下参照)、石田武夫(七三丁第一行目以下参照)、野崎安太郎(七六丁以下)野田伝助(記録七九丁裏三行目以下)の各公判期日において、夫々公訴事実のとおり栗山から借受けた旨の証言により其の証明は十分である。
第三、而して右貸金が営利の目的を以て業としてなされたものであるか否かにあるが、裁判所は其の大部分が利子も取らず、又期間も定めず貸付けたものであるから、営利性がなく業としてなされたものと認むる証拠はないといふのであるが、成程訴因第四(福井福之助に貸付たもの)外十四訴因については貸付金に対し利子を徴したと認むるに足る証拠はないが、1、(訴因二、三、七)証人福岡実は、第十回公判期日において、私は栗山さんから昭和二十四年秋頃二万円、次に又二万円を借りました。そして昭和二十五年春頃、一応二万円を返した処栗山は苦しいならと申して又三万円を貸して呉れました。栗山は、唐津金融から借りて来て貸して呉れたのに同人に利子まで損をさせてはと思い二、三ケ月間六分の利子を支払いましたという旨の証言(一六五丁以下一六七丁迄参照)。2、(訴因六)証人石田武夫は、第二回公判期日において、私は昭和二十五年四月頃借用証書を書いて栗山から金五千円を借用し其の後利子として一回三百円を支払つたことがある旨の証言(七三丁第十一行目以下七四丁迄参照)3、(訴因一〇、一三)証人野崎安太郎は第二回公判期日において、私は宮下さんの仲介で、昭和二十五年八月頃三万円を月五分か六分の利子で借用したが、利子が払えず更に息子の商売資金として三万円を借用しました。其の際、前の三万円に対する利子六千円を合せて合計六万六千円の借用証書を書いて栗山さんに渡した旨(七六丁七行目以下七七丁十一行目迄参照)第三回公判期日において証人宮下一衛は、私は野崎安太郎の依頼を受けて二回に亘り、栗山から金を借りてやりましたと野崎安太郎の証言と同一趣旨の証言。(一三一丁裏六行目以下一三四丁裏六行目迄参照)及び右野崎安太郎名義被告人宛の右借用証書の存在(証三号)。4、(訴因一二)木下吉六作成の昭和二十五年十二月頃、栗山より金五万円を借用し、其の内三万五千円を返済し、なお一万五千円が未払になつて居るので今日までに四千五百円位の利子を支払つた旨の顛末書記載の事実(二二丁)及び第三回公判期日における同人の日歩三銭の割合で利子を支払つた旨の証言(一二六丁第十二行目以下一二七丁十二行目迄参照)。5、(訴因一五)私は義弟進藤庄太郎を保証人として十月末日の期限で栗山から三万円を借用し、前利子及び謝礼の意味で其の場で三千円を同人に渡した旨の司法警察員作成の今井貞一の供述調書の記載(二六丁第一行目以下二六丁迄参照)。6、(訴因二二)福井福蔵作成の私は本年一月二十六日三万円を会社名で栗山より借入れて、会社から二月分利子八百七十円(日歩十銭)三月分一千二十円(日歩十銭)を支払い、四月以降はまだ支払つて居ない旨の顛末書記載(二三丁参照)。7、(訴因二三)森田常磐の私は本年七月十五日期間一ケ月で栗山より借用証書を入れて金十万円を借用し八月十五日返済の時謝礼として金五千円を支払つた旨の司法警察員作成の同人の供述調書記載(三七丁以下三九丁第九行目迄参照)により被告人が福岡実等に対し夫々利子又は謝礼を取つて貸付けて利益を享受した事実に徴するも、営利の目的を以てなされたこと反覆貸付けた事実に徴しても業としてなされたことは、其の証明は十分である。
貸金業等取締に関する法律が不正金融を防止し、もつて金融の健全なる発達を所期するため設けられ、其の第二条の如何なる名義をもつてするを問わず金銭の貸付をする行為云々の規定によるも親族、知己、友人等に同情してこれを援助して貸付けた場合たると否とを問わず、苟も利子又謝礼を取つて貸付けする以上本法律によつて取締を受けることは当然である。本件の如き闇金融が、親族、知己、友人等を介して暗々裏になされることは公知の事実であつて、野崎安太郎(第三ノ3)今井貞一(第三ノ5)に対する貸付方法の如き闇金融の典型的なものである事実に徴するも、親族、知己、友人等に同情して貸付けたものであるから営利性及びこれを業とした其の証明なしとするは正に失当である。
尚公訴事実中、利子又は謝礼を取らないものがあるから営利性がないといふのは其の採証の法則を誤り、其の経験則に反するものであつて、斯の如きは反つて被告人が反覆して貸金業を行つて居たといふ証左であつて、金銭を貸付けて其の対価として証拠上明白な利子又は謝礼を取つて利益を享受した事実に対してまで無罪の判決をなしたことは明かに証拠の判断と法律の解釈を誤り、これが判決に影響を及ぼすものであると思料する。仍て原判決を破棄し罰金二十万円に処するを相当と思料し本件控訴申立に及んだ次第である。